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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1505号 判決 1990年2月28日

大阪府交野市梅が枝四二番二一〇号

控訴人

向井一

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被控訴人

右代表者法務大臣

後藤正夫

右指定代理人

下野恭裕

辻浩司

龍神仁資

芳賀貴之

大阪市中央区城見一丁目四番二七号

被控訴人

株式会社近畿銀行

右代表者代表取締役

神阪昴哉

右訴訟代理人弁護士

三宅一夫

入江正信

山下孝之

坂本秀文

上原理子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金一八円を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人

1  振込手数料は原価、経費、利益等を含めてその額が決定されるのであるが、控訴人が被控訴人銀行に支払つた振込手数料には、振込資金受取書(甲第一号証)に明示されているように、これらの費用のほかに消費税一八円が含まれている。しかし、消費税の基本法である消費税法の五条には税を負担する者は事業者であると明記されているのであり、これを消費者に負担させるのは右法律に違反するばかりでなく、被控訴人銀行にはそもそも税の徴収権限はない。ちなみに、税制改革法一一条に「円滑に」という文言があることをみても分かるとおり、右法はいかなる場合でも消費税を消費者に転嫁させるべしとする趣旨ではない。

手数料を決める際には、右のとおり税金も経費として考慮されているのであり、したがつて、名目いかんにかかわらず、その余の金員を請求するのは「二重取り」になる。控訴人は窓口担当者に手数料六〇〇円のほかに一八円を支払うのは不当であると抗議したが、担当者から送金を拒否されたのでやむなく右請求に応じたのである。

2  税制改革法及び消費税法(以下「消費税二法」という)は憲法に保障されている「税の公平・公正性」に違背している。すなわち、消費税は生活必需品にまで課税されているが、これは低所得者層に重税となり、右「税の公平・公正」に欠けるものであることは明らかである。

二  被控訴人銀行

原審でも主張したとおり、被控訴人銀行は振込手数料として六一八円の支払を求めたものであり、消費税として一八円の支払を求めたことはない。控訴人主張の甲第一号証の記載は、窓口担当者が控訴人から右記載を要求され、その指示に従つて記載したにすぎないものである。

控訴人は振込手数料六一八円を支払つて振込送金を被控訴人銀行に依頼したのであり、振込契約は成立しており、それに何ら瑕疵はない。

三  被控訴人国、同銀行

控訴人は、消費税二法は憲法違反であると主張するが、その内容は極めて不明確であり、憲法の何条に違反するのかの主張も欠き、主張自体失当ともいうべきものである。

租税法律主義を定めた憲法八四条は、課税要件やその手続は法律によると定めているのみで、その具体的内容までは定めていない。これは、租税制度を創設・改廃するには経済、財政政策の一環として高度に政治的な判断が求められる上、諸種の租税原則の調整、調和を図りつつ、必要な税収を確保するため専門技術的判断を必要とするため、立法府の裁量的判断に任せていると考えられるのである(最判昭六〇年三月二七日参照)。

消費税の目的は税制改革法(二条、一〇条等)に規定してあるとおりであり、また納税義務者も消費税法五条で明確に定められており、租税法律主義違反の問題が生じる余地はない。

次に、憲法二五条について触れておくに、これは国政の目標であり、国の責務を宣言したにとどまるものである。

消費税は広く国民の消費に負担を求めるものであるが、その税率は三パーセントと低く、しかも大幅な所得税減税等抜本的な税制改革の一環として実施されたものであり、その税収も公共サービスのために支出されることになつている。ただ、これは間接税であるため、所得に対して逆進的性格を持つことは否定できないが、広く国民に消費の大きさに応じる比例的負担であること、税率も三パーセントと低いこと、医療・教育等には非課税としていること、生活扶助基準の改正等も実施されていること等を考えると、著しく逆進的とはいえない。そもそも、税負担の逆進性は一つの税目のみを取り上げて論ずるのではなく、税体系全体をみて論ずべきものである。また、社会保障制度が国民生活のいろいろな分野で整備されており、所得の分配機能は財政全体として判断すべき事柄である。

理由

一  控訴人が、その主張のとおり、被控訴人銀行に対し振込送金を委託し、振込手数料として六一八円を支払つたことは右当事者間に争いがない。

控訴人は、右六一八円のうち一八円は被控訴人銀行が不当利得していると主張するが、右のとおり控訴人と被控訴人銀行との間には振込契約が成立しており、また弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第三、四号証によれば、被控訴人銀行においては、右手数料は六一八円と定められていることが認められるのであり、被控訴人銀行は右契約に基づき控訴人から約定の振込手数料六一八円の支払を受けたのであつて、これが法律上の原因を欠くとすることはできない。

控訴人は、被控訴人銀行が一八円を消費税として徴収したかのような主張をし、甲第一号証(付記部分)をその証拠として挙げるが、前掲丙第三、四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、右甲第一号証の付記部分を控訴人の主張を裏付ける証拠と認めることはできないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

二  次に、被控訴人国が違法な行政指導をしたとの点について判断するに、仮に被控訴人国が被控訴人銀行に対し、消費税につき何らかの行政指導をしたことがあつたとしても、少なくともそれは国会により制定された法律、すなわち消費税二法に基づくものとみるべきであり、これを違法とすることはできない。

控訴人は、消費税二法は憲法に違反しているとも主張する。しかし、控訴人は消費税は税の公平・公正に反すると主張するのみで、二法のいかなる点が、いかなる根拠により憲法に反するというのか甚だ明確を欠いているばかりでなく(ちなみに、租税制度の創設・改廃は政策判断に基づくものであるが、裁判所が右政策判断の当否を審理の対象とすることができないのはいうまでもない)、右二法が憲法に反していると認めさせるに足りる資料もない。

三  よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 福富昌昭 裁判官 松山恒昭)

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